バーチャルVtuver豆猫さんの与太話

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アリュージョニストは象である。

アリュージョニストという小説は象である。

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この場合の象とは何かといえば、「目隠しした人に象を触らせる」という逸話の象である。
 
「同じものについて話していても、俯瞰して全体を見た状態に比べれば、部位だけを何かに例えるのは滑稽なものだ。視野は広く持ちたいものだなあ」という教訓だけ覚えていて、話の細部については全く覚えていない。
(それぞれが象の脚を何に例えたかとか鼻をどう表現したかとかそういうの)
 
こういう時に頼りになるのがとりあえずGoogleWikipediaで調べることだ。
で、実際に調べてみた。
 
 
なるほど。『群盲象を評す』という寓話であった。
先ほどの僕の記憶はどうやら間違っていて、(あるいは子供の時に読んだので小さい子向けに表現を変えていた)目隠しでなく目が見えない人たちであったり、暗闇の中だったりするらしい。
 
また話自体には結論が語られていないせいか、
この話の「教訓」をどこに求めるかは時代や地域や個人によってブレがあるとも書いてある。
 
僕は寡聞にして知らなかったがどうやら日本では「凡人にに大人物や大偉業が理解されない様子」として引用されるケースがあるらしい。
 
この話の元ネタはインドの説話ということだが、インドという国とアリュージョニストについて語るのは長くなるので割愛する。
しかしアリュージョニストとインドにはそれなりに深い関係があるのでこんなところでつながるのは驚きだ。
 
 
うん、知らない知識が多かったがそういうことを知らずに文章を書きだしても
問題なくWikipediaの力を借りて情報を補完できる。
知識のアウトソーシング、すなわちサイバーカラテだ。
 
さて、脱線しすぎた。
何の話だったかな?
そうそう。アリュージョニストは象であるという話だ。
 
 
アリュージョニストは象である
 
幻想再帰のアリュージョニストは「群盲象を評す」の象である。
 
さっきまで長い説明の必要だった概念がたった6文字に圧縮できる。
アウトソーシングした知識を自分のものにし、6文字の中に物語を詰め込むことで伝達することができるようになったわけだ。
 
アリュージョニストは象である。
余りにも多様な側面があり個人の感想からアリュージョニストについて完全な知見をえることはできない。
あなたもアリュージョニストを読むべきだが、「読んだだけ」では面白い小説を読んだという体験しか得られない。
(そう、こんな講釈を読まなくてもアリュージョニストはエンタメとしておもしろいことは忘れてはいけない)
 
 
あなたがアリュージョニストという象について知見を深めるなら、他の盲人たる読者のアリュージョニストの感想を読んだりすることで より象の全体像について近づける。
 
中には君が思っていることと違うことを言う人がいるだろう。
そういうときに諍いを起こしてしまうのはより大きなアリュージョニストの概観
知らないからだと「群盲象を評す」の逸話は語っている。
 
ネットスラングめいた表現をするなら。
「うんうん、それもまたアリュージョニストだね」
「あなたがアリュージョニストだと思うものがアリュージョニストです。ただし他人の同意を得られるとは限りません」
といったところか。
 
本題に入らないまま脱線が続くな。
ネムリネズミがいないとすぐこうなる。
ネムリネズミが~というのもミーム的性質を持つ表現なので読者の中で理解できる人と理解できない人がいることだろう。わからなかったら気にせずに読み飛ばしてほしい)
 
いよいよ本題だ。
 
 
 
「ゼオーティアの歩き方」に書かれない側面
 
アリュージョニストを評する文章を集めて魔王14歳様がまとめられた「ゼオーティアの歩き方」という本がある。
 
本題と言いつつ話が急に転がったな。
この「ゼオーティアの歩き方」で当然語られていると思ったアリュージョニストの側面について実際には書かれていなかった。
 
となればアリュージョニストを評する盲人のひとりである僕はその「語られざる側面」について書いておこうと思ったのだ。
 
盲人ひとりの話だけを鵜呑みにするのはよくないが
話が聞ける盲人は多い方が全体像を知れるだろう。
なにせアリュージョニストは現在まだ未完の連載中作品だ。
作者の最近先生以外の全員が「アリュージョニスト盲人」なのだから。
 
 
 
アリュージョニストとオープンソースシェアワールド
 
アリュージョニストの中では既存の神話作品からの引喩が見られる。
インド神話だとか北欧神話だとかそういうのからの引喩だ。
だがそうやって引喩されるもののひとつとして「ゆらぎの神話」というものが取り上げられている。
ゆらぎの神話とは何だろう?
 
前述の「ゼオーティアの歩き方」の編者である「魔王14歳」様が、アリュージョニストという作品が生まれるよりも前に別口で立ち上げた企画だ。
 
オープンソースな『現代の神話』を作ろう」というこの試みはどうやら今でも生きているらしくネット上の「ゆらぎの神話」に関する記述は増え続けている。
 
具体的にどういった用語がゆらぎの神話から引かれているのか例をいくつか挙げてみよう。
 
第一章「フィリス」「金鎖のフラベウファ」
 
第二章「キュトスの姉妹」及びそのっ姉妹たちの名前。「星見の塔」「氷血のコルセスカ」「覇王メクセトの神滅具」「モロレク」
 
第三章「黒檀の民」「白樺の民」「モルゾワーネス」「オルガンローデ」「鯉耳人」
 
第四章「ハルバンデフ」「死人の森」「ドルネスタンルフ」「ラフディ」「ルウテト」
 
ゆらぎの神話を知らずにアリュージョニストを読んでいた君、今鳥肌がたっているんじゃないか?
 
まだアリュージョニストを読んでいない君。
これらの単語がオープンソースからの引喩だと覚えておいてほしい。
 
そう、アリュージョニストはその広大な世界設定の中にゆらぎの神話を取り込み世界観を拡張しているのだ。
 
 
 
アリュージョニストはゆらぎの神話におんぶにだっこか
 
さて、アリュージョニストの中核をなすようなクリティカルなワードにはゆらぎの神話という「元ネタ」が散見される。
 
アリュージョニストとは「パクり」だからあれだけの設定を気軽に用意できるのか?
(そもそもオープンソースなのでパクるもなにもないが)
答えはイエスでありノーだ。
 
アリュージョニストの「手数の多さ」の一因にはなっているし、
ゆらぎの神話背景を知る者にとってそれらの背景を「連想」することによる効果もある。
まるで同じ人の頭から生み出されたとは思えない多彩な固有名詞は、本当に同じ人が生み出したわけではなかった。
それは事実だ。 認めよう。
 
だがしかし。
アリュージョニストはゆらぎの神話を引喩するが、他の神話を引喩するのと同じように引っ張ってきているに過ぎない。
(たとえばメインヒロインのトリシューラという名前をインド神話・ヒンドゥ教から引くように)
 
サイバーカラテ」や「杖・邪視・呪文・使い魔の呪術の4大体系」などは
ゆらぎの神話からのものではないアリュージョニストのオリジナルだ。
 
アリュージョニストは「ゆらぎの神話というオープンソースの神話を作品内に利用した小説の実例」という点で非常に価値がある。
 
だがアリュージョニストの全てではない。
 
アリュージョニストという「おもしろい小説」が既存の創作物から言葉を引喩する時に「ゆらぎの神話」も利用したというだけのことである。
 
きっとゆらぎの神話要素なしでもアリュージョニストはおもしろい。
 
ゆらぎの神話について知らずともアリュージョニストはおもしろい。
 
だがゆらぎの神話という背景について知るとアリュージョニストはもっと面白い!
これは「クトゥルフ神話を知っているとFGOのセイレムやウルトラマンティガが面白い」
とかの元ネタを知ることで面白さが増すのとは一線を画する。
 
なぜならアリュージョニストがゆらぎの神話から大量の引喩をしているということはアリュージョニストのアリュージョニスト性の担保になるからだ。
 
自己に再帰するファンタジーそのものである「幻想再帰のアリュージョニスト」という小説がそのまま「アリュージョンを多用する再帰的な幻想」だということに気づくいてほしい!
 
アリュージョニストこそが「4大系における呪文的なな思考」である「ブリコラージュ」だと気付くから、よりアリュージョニストを楽しめるのである。
 
(ところで筆者はここまでずっとプリコラージュだと思っていたが調べた時に改めてプではなくブ。ブリコラージュだと気づいた。
さらにブリコラージュで検索するとフランスの文化人類学者の著作に行きつくし、その著作のタイトルが「野生の思考」だと気づく。
アリュージョニストにおいて「やせいのしこう」といえばそれは呪術の4大系の1つ「呪文」について語られるときにでてくる表現であり、呪文こそが人文科学に対応する呪術だということにも気づかされる。
ゆらぎの神話のオマージュじゃない部分の例として挙げた呪術大系そのものが、また別の方面の知識からの「寄せ集めの仕事」だというわけだ。
ところでこの「寄せ集めの仕事」という言葉もアリュージョニストの本文において語られるがこれもまたブリコラージュの類語であることがWikipediaから知識として与えられたので今書きながら僕は非常に興奮している)
 
 
 
アリュージョニストは象である。

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「全体」を見なければアリュージョニストとは何かをとらえることはできない。
 
その全体というのは「物語を俯瞰する神の視点である読者」ですら見えていない。
 
象の脚に触れて「これは硬い樹皮の柱のようなものだ」という盲人に過ぎないのだ。今はまだ。
 
アリュージョニストという作品の成立過程とか背景とかそういったものに目を向けて初めて…
「これは柱のようであるが、部分によってはしなる縄のようだ」と象のしっぽにも触れらるようになる。
 
だがまだまだ足りない。
我々盲人たる読者はもっとアリュージョニストの牙や鼻や大きな耳に触れるべきだ。
(ところでそういう生き物だから寓話に使われたんだろうけど象やたら特徴的ですね。キリンが首が長く背が高いとかウサギの耳が長いとかに比べて象は鼻が長く大きな耳に長い牙とかやたら属性てんこ盛りですね。どんだけ要素詰め込んでるんだよ。まるでアリュージョニストだ)
 
 
象であるアリュージョニストを知るために僕は一人でも多くの盲人の視点を利用したい。
 
もちろん僕は自分が触れる範囲のものには触っているつもりだが手の届かないところはいくらでもある。
 
例えば僕の推しであるミルーニャ・アルタネイフ関係の用語にメタルバンドが大量にアリュージョンされてる事とかは他の読者が語るのを読んで初めて気づいた。僕は黎明稲妻"トワイライトニング"は《荒廃稲妻/ブライトニング》の捻りだと思っていたのだ。
 
アリュージョニストをより知るためにあなたという盲人がアリュージョニストをどのように表現するのか知りたい。
 
あなたはアリュージョニストは何に似ていると表現するのだろう?
 
アリュージョニストを読んでほしい。
そして貴方がアリュージョニストという象のどの部分を何に例えるのか、
それを他の人へ聞かせてほしい。
 
アリュージョニストを読んでくれ、そして感想や元ネタだと思ったものを
Twitterとかで呟いてほしい。
 
それが僕たち盲人がアリュージョニストという象を理解するためのサイバーカラテ道場になるのだから。