前回までのあらすじ
私はいつも通り虚無のフォーマットを作りながら友人と話をしていた。
前回提唱した虚無のフォーマット「パイオニアルファ40」はざっといえばこんな感じだ。
使用可能なカードは
・パイオニアで使用可能
・初出がMTG最初のパック「アルファ版」
この2つの条件の両方を満たすカードが使える。
・当然のことだけど再録カードの使用は自由
構築制限は
・デッキの最小枚数は40枚
・同名カードの使用枚数に制限なし
これはマジック:ザ・ギャザリングが最初に生まれた時の構築ルールである。当時はデッキ枚数は60枚でなく、好きなだけ同じカードを使えたのだ。
本家アルファ40は貴族の遊びであり、
ブラックロータスを(お財布が許す限り)好きなだけ使うことができる…というのは定番のマジックからかけ離れすぎている。
新しめのフォーマットでも使えるほど再録されまくっているような「最も古いマジックのカード」を使って定番のマジックを遊ぼう!というフォーマットになる予定だった。
パイオニアルファ40はめちゃくちゃカードが安い。
特にMOこと「Magic Online」では、破格の安さでカードが取引されている。
MOは世界中の人と電子版MTGを遊べるゲームだ。
最近はすっかり新顔のMTGアリーナにお株を奪われているが、古いカードが使えたり統率者戦のようなカジュアルフォーマットも楽しめる点に魅力を感じて、未だに多くのプレイヤーが遊んでいるツールである。
MOでなら安いカードは約0.1円で売られている。パイオニアルファ40は格段に安く遊べる貧者のアルファ40だと言えるだろう。
「100円あればこのフォーマットを遊びつくせる」と言っても過言ではない。
こうして虚無の深淵に挑んでくれる優しい対戦相手を見つけて、このフォーマットを研究することにした。
ではここに虚無フォーマット「パイオニアルファ40」のメタが回り、いかにして『有』のフォーマットになったのか…その物語をお話ししよう。
最強のクリーチャーとは?
この環境で最強のクリーチャーとはなんだろう?
いや、漠然と最強と言っても捉えどころがない。
明確な数値で表せる基準を設けよう。
パイオニアルファ40環境で「最大のタフネス」を持つカードはなんだろう?
そのカードが どの色かは分かるかな?
(なぜタフネスにしたかと言うとパワーの最大値は《シヴ山のドラゴン》にどれだけ赤マナを費やせるか? みたいな話になるからだ。)
公式でクリーチャーの色だと言われている緑だろうか?
あるいは防御的な白のカードに最大のタフネスが存在するのか?
俗にクリーチャーの色だと揶揄される青だったりして?
正解は黒である。
この環境で最強のサイズ感を誇るクリーチャーは《夢魔》なのだ。
もちろんパワーの方も《シヴ山のドラゴン》のような「火吹き能力」を持つクリーチャーを除けば最大の値である。
クリーチャーの色である緑ではないことを意外に思われたかもしれない。
なんとパイオニアルファ40には緑の大型クリーチャーが存在しないのである…!
それには実はちゃんとした理由がある。
パイオニアルファ40は「近年になっても再録され続けている初版のカード」で遊ぶゲームだ。
しかし、マジックは緩やかなインフレを続けている。
「初期の方が狂ったカードが多かった」という意見もひとつの真理ではある。
しかし、それらの壊れカードはインスタントやアーティファクトのカードであり、少なくともクリーチャーはアルファ版の頃に比べてインフレしているのは間違いない。
クリーチャー全体が強くなるたびにクリーチャーの色である緑はより強くより大きくなっていく。
アルファ版の緑の大型クリーチャーである《大食らいのワーム》が占めていた「緑の6マナのワームの再録枠」は《始源のワーム》へとバトンを渡された。
結果的にパイオニア環境にはアルファ版の《大食らいのワーム》は存在せず、
パイオニアで使える《始源のワーム》は初出がアルファ版でないため、
パイオニアルファ40ではどちらのワームも使えない。
このフォーマットに置いて緑は「クリーチャーが大きい色」ではないのである。
なんだか様子がおかしい。
古き良きマジックと再録カードの組み合わせから生まれる定番のマジックを遊ぼうという当初の予定からなんだかレールを脱線し始めてはいないか?
最強のクリーチャーがいるデッキが最強なのか?
じゃあ、このフォーマットで最強のデッキは黒単なのか?
そう聞かれて即座にイエスとは言えない。
なぜなら黒には致命的な弱点があるからだ。
なんとパイオニアルファ40で使用可能な黒のカードはたった3枚しかない。
最強クリーチャーがあるからと言ってデッキが強いとは限らない。
その上、そのうち1枚が《死者再生》なのも黒が最弱と言う疑惑を招く。
パイオニアルファ40には4枚制限が存在しない。
望むなら好きなだけ《夢魔》を入れられる。
このデッキでわざわざ《夢魔》を《死者再生》で回収して唱えなおすくらいなら、
最初からその枠に《夢魔》を入れておけばいい。
《死者再生》を引いても《夢魔》が死亡していなければそのターンクリーチャーを増やすことはできない。
もし他にクリーチャーの選択肢が豊富に取れるなら「状況に応じて使い分けられるカード」として《死者再生》を使えたかもしれない。
しかし、黒のクリーチャーの選択肢はないも同然だ。
ならば他の色のクリーチャーを使うのはどうだろう?
それはナンセンスだ。
他の色のクリーチャーを使うために沼の数を減らしてしまえば《夢魔》の売りである最強のサイズ感が失われてしまう。
最強のクリーチャーのいる色がイコールで最強のデッキの色とは限らないのだ。
やはり緑はクリーチャーの色
《夢魔》は私たちにカード1枚でなくデッキ全体で闘う大切さを教えてくれた。
《沼》を置き続けて6ターン目にやっと《夢魔》を出しても手遅れなのだ。
しかし、この問題は黒だけが抱えているわけではない。
白や青にも4マナより軽いクリーチャーが存在しないのだ。
どうやらこのフォーマットはそうとうゆったりとしたペースでゲームが進むらしい。
本当か?
クリーチャーの色である緑はどうだろう?
緑の《ラノワールのエルフ》は非常に早い前のめりなアグロデッキの作成を可能にした。
1ターン目 森を置いてエルフ
2ターン目 森を置いて3マナ出してエルフ3体追加。
3ターン目 4体のエルフで攻撃! 4点ダメージ!
のんびり6ターン目にやっと《夢魔》が出るかどうか考えていたフォーマットとは思えない速度である。
ライフは20点しかないわけで3ターン目にもうライフの5分の1が失われている。
そしてパイオニアルファ40には同名4枚の枚数制限がない。
僕は最初デッキの半分を《ラノワールのエルフ》で埋めた。
エルフを全体強化する部族ロードのいない環境ではあるが、
これはもう【エルフの部族デッキ】だとしか言いようがない。
相手が後からクリーチャーを出してきても、横ならべしたエルフのうち1体しかとめることができない。
攻撃の通ったエルフに《巨大化》を撃ってライフを詰めていけば、まるで赤い速攻デッキが他のフォーマットで使う《稲妻》のように働く。
「最も効果的な戦術のみが、時代を超えて生き残る。」
想定とは違った形ではあるが、パイオニアルファ40においても緑はクリーチャーの色だった!
緑が最強のデッキ!!
《ラノワールのエルフ》は私たちに1種類の切り札に頼るのでなくデッキ全体で協力して闘うことの大切さを教えてくれた!
さて、白と青と黒はエルフの猛攻を止めるクリーチャーに欠ける。
ならば赤は…?
驚くべきことに赤にはエルフを止めるための壁クリーチャーが3マナ以下に存在するのだ!
《炎の壁》が偉いのは《シヴ山のドラゴン》同様の「火吹き能力」にある。
火吹き能力があるおかげで4ターン目以降はブロックしたエルフを撃ち取れるようになるため抑止力として働き、他のアタッカーを利用するデッキに対しても注ぎ込むマナ量を増やせば対応できる。
タフネスが5と高いのも魅力であり「エルフ+巨大化」のパワー4点を受け止めても戦闘で落とされることがなく、非常に頼りになる。
《炎の壁》では止めることができない《夢魔》や《セラの天使》を妨害できる無色のアーティファクト・カードを混ぜた【赤単炎の壁】がコントロールデッキとしてメタゲームの話題に上がってくる。
こうした妨害デッキは妨害した後に一気に勝利をもぎ取れるフィニッシャーがいるかどうかで強さが大きく変わる。
赤には十分なフィニッシャーがいるだろうか?
もちろん!
2回の攻撃でゲームエンドまで持っていける《シヴ山のドラゴン》がいる。
こうしてエルフ部族から赤茶単系コントロールへとメタゲームが進んだ…かに見えた。
しかし、【赤単炎の壁】がエルフ部族に1試合落としたことでプレイヤーの環境理解が一歩前進し新たなブレイクスルーが訪れる。
壁を乗り越えるもの
エルフの前にそびえたつ壁クリーチャーを押しのけるもの、その正体は《巨大戦車》だった。
巨大戦車は壁によってブロックされない。
そう、壁のタイプを持つクリーチャーでは《巨大戦車》を止めることができない。
エルフ部族デッキのアタッカーとして少しだけ採用していたジャガーノートが攻撃し《炎の壁》がジャガーノートをブロックしようとしたとき、問題が発覚した。
【赤単炎の壁】への特攻ボーナスでもついているかのようなこのクリーチャーに参加者は色めき立った。
「エルフの枚数を減らして、ジャガーノート積み込みまくればいいんじゃない?」
こうしてエルフの代わりに15枚の《巨大戦車》を積み込んだエルフデッキが登場する。
このデッキにおけるエルフの役割は「横に並ぶこと」ではなく「相手より1テンポ早くジャガーノートを押し付けること」にある。
ジャガーノートを積極的に採用しだして、こいつが見た目の20倍くらい強いことに気づいた。
パワーが5もあるのだ。
ライフを詰められた赤デッキがしぶしぶ《シヴ山のドラゴン》をブロックに回してジャガーノートに相打ちを取られる。
ジャガーノート強い。本当に強いんだ。
大ジャガーノート時代
とにもかくにもジャガーノート。なにせ無色のアーティファクトである。
どの色のデッキを使っていたプレイヤーもジャガーノートを採用できることに気づく。
赤単デッキはアイシーを抜いてジャガーノートを入れた。
4マナで設置して毎ターン1マナで妨害するアイシーよりも
メタゲームに存在する有力なフィニッシャーに対して相打ちを取れ、フィニッシャーを引くまでの間は相手のライフに圧をかけられるジャガ―ノートの方が頼りになる。
何よりジャガーノートは「ジャガーノートと相打ちになれる」のだ。
凄いぞジャガーノート。
アーティファクト・クリーチャーであるジャガーノートを倒すために《粉砕》を入れて
アイシーの代わりにジャガーノートに乗り換えた【赤茶単ジャガーノート】
同様に《解呪》を採用した白がらみのジャガーノート
あらゆるプレイヤーが「この環境の最強生物はジャガーノートこと《巨大戦車》である」と認識した大ジャガーノート時代の到来である。
ついに生まれる多色デッキ
ここへきてメタゲームを打破するために長らく単色環境だったこのゲームに転機が訪れる。
多色のデッキが初めて生まれたのだ。
メタゲームを動かした新たなる強力なクリーチャーはクリーチャーの色から登場した。
そう、クリーチャーの色と言えば…青である。
《マハモティ・ジン》はタフネスが6あり、一方的にジャガーノートを葬り去れる。
特に気にされていなかったジャガ―ノートの「攻撃強制デメリット」がここで問題になる。
一旦、青いデッキが《マハモティ・ジン》を立てればジャガーノートは無駄に自爆特攻をするだけの機械になる。
とはいえ、これまでジンが採用されてこなかったのはその「遅さ」に理由がある。
6マナの《マハモティ・ジン》を出せるようにマナを伸ばしつつ序盤のジャガーノート合戦に追いつく方法…それが緑との融和である。
緑のマナ加速カードから4ターン目に《マハモティ・ジン》の着地を目指し、引けない間はジャガーノートを相手のジャガーノートにぶつけてブロックして時間を稼ぐ。
相手の《ラノワールのエルフ》を《送還》することで召喚テンポをずらしジャガーノートの着地を遅延させる。
相手には3ターン目ジャガーノートを着地できないように妨害しながら自身は3ターン目のジャガーノートを押し付ける。
しばらくジャガーノート合戦をするうちに《マハモティ・ジン》を立てれば相手を大きく牽制でき、2体のジンが並べばもう勝利である。
《マハモティ・ジン》に「除去耐性」があったのも大きい。
何を言っているのかと思われるかもしれないがこの環境で除去呪文と言えば粉砕と解呪の二大ジャガーノート除去のことであり、それらの通用しない《マハモティ・ジン》はまさに「除去耐性のあるフィニッシャー」足りえたのだ。
このデッキで唯一の懸念点は《マハモティ・ジン》が何枚手札に欲しいのかという問題で、2枚は欲しいが3枚は来て欲しくない。
また序盤に2枚は引きたくなくて中盤にはむしろこれまでの定石通りジャガーノートが欲しい。
どこかに「ジャガーノートとしても2枚目の《マハモティ・ジン》としても使える都合のいいカード」があれば…
このタイプのクローンカードの特徴として「1枚目として使うことができない」という弱点がある。
今欲しいのは「ジャガーノートとしても2枚目の《マハモティ・ジン》としても使える都合のいいカード」である。
《マハモティ・ジン》として使いたいのは2枚目の時なので問題ない。
では《クローン》をジャガーノートとして使いたい時にはどうしたらいいんだろう?
こちらも問題ない。
なぜなら《クローン》はコピーするクリーチャーを「あなたのクリーチャー」に限定していないからだ。
今は大ジャガーノート時代。
対戦相手がジャガーノートを繰り出してくれるんだから、それをコピーすればいいのだ。
クリーチャーの色である緑とクリーチャーの色である青が手を組んだ「最強のクリーチャーデッキ」
それこそがこの環境で最も強いデッキとなった。
相手が他のタイプの《マハモティ・ジン》デッキであっても、今度は《クローン》を
相手の《マハモティ・ジン》のコピーとして出せばにらみ合いの盤面にできる。《マハモティ・ジン》同士の戦闘では互いに相手を倒せないからだ。
こちらは緑を採用しているので膠着を《巨大化》などで崩してしまえば勝利は目前となる。
【マハモティ・クローン】こそが環境最強のデッキに思われた。
最強のクリーチャーのデッキが最強、終わり!
あれ…何かを忘れているような…
続・最強のクリーチャーがいるデッキが最強なのか?
そういえば初めに書いた通りこの環境の最強クリーチャーは最初は《夢魔》であった。
しかし《夢魔》デッキは誰も組まずに机上の空論だと流していた。
デッキに入れられる黒のカードはろくなものがない。
デッキの形にするためには「夢魔以外の強いクリーチャー」がいないのが問題で…
待って、待って、いるじゃん!
黒単色デッキにも入る「強いクリーチャー」が…!!!
それだけではない。
黒デッキは他にも使えるカードがある。
環境の仮初の最強クリーチャーである《マハモティ・ジン》をタップすることで自身のジャガーノートが自爆しないようにすることができるカードが…!
こうなれば純粋に質の戦いである。
6マナ5/6飛行と6マナ6/6飛行で更に成長の余地があるクリーチャー。
真の最強の座がどちらか、馬鹿でも理解することができる。
悪夢は顕現した。
【黒単ナイトメア】、真なる最強クリーチャーのデッキである。
しかしどんなに対戦相手が強いクリーチャーを使おうとも【マハモティ・クローン】にはあらゆる切札をコピーできる《クローン》がいるはずだ。
なぜ【黒単ナイトメア】の時はそうはいかないのだろう?
答えは《夢魔》が単なる6/6でなく沼/沼な点にある。
青緑の多色である【マハモティ・クローン】では《夢魔》をコピーした《クローン》は形を維持することができず0/0となって消えていく…
加えて【黒単ナイトメア】は他のデッキに比べると比較的ジャガーノート密度が薄い。
手札にジャガーノートでなく《クローン》のみを握っているときの【マハモティ・クローン】を相手に《氷の干渉器》などの妨害アーティファクトのみを立てている場合、動きを一気に遅く停滞させることができる。
ゲーム展開が遅ければ遅いほど、勝負は《夢魔》にとって有利に運ぶ。
また多色化による事故率の上昇も【マハモティ・クローン】側は無視できない。
それまでは土地の色が偏り多少《マハモティ・ジン》の召喚が遅れても他の色のデッキに勝てていた。
だが、「ジンを出せなくはないが出し遅れる」という状況は【黒単ナイトメア】相手では致命傷になってしまう。
対して【黒単ナイトメア】は名前の通り沼だけを並べる色事故とは無縁のデッキ。
本当の本当に最強クリーチャーのデッキが最強なのだ!
本当に?
部族エルフの復権
最強のデッキ【黒単ナイトメア】。
しかし黒単ゆえの弱点としてマナ加速ができない。
アルファ版の黒にあった《暗黒の儀式》がパイオニアには再録されていない。
何故か? 強すぎたからだ。
マナ加速の奪われた黒が使う《夢魔》は少しばかり遅い。
そんな悠長なデッキを倒せるアグレッシブなデッキと言えば…
最初に環境を取ったデッキ。【エルフ部族ビート】である。
点ではなく面で攻める部族ビートはブロッカーを横に展開しないデッキ相手に強い。
ジャガーノートの数を増やして赤単相手に強くした【緑単ジャガーノート】と【エルフ部族ビート】の間を取った面制圧の緑単デッキが復権する。
かつての強力デッキが辿った「多色化」の道を【黒単ナイトメア】では取れない。緑のマナ加速を入れるために《森》を入れてしまえば《夢魔》の強みが失われてしまうからだ。
こうしてメタが一周した。
当初、虚無のフォーマットと見られ、カード種類の少なさからすぐに最強デッキが見つかると思われていたパイオニアルファ40。
だが、そこには健全な一周するメタゲームが存在した。
このフォーマットに「強いデッキ」はあれど「最強のデッキ」は存在しない。
メタゲームは流動し変化しながら回り続ける。
もしあなたが望むならこのフォーマットで遊んでみるといい。
まだ誰も見つけていない新たなるデッキやそれへのメタデッキが湧いてくる可能性は眠っている。
最後にカードプールへのリンクを張っておく。
興味が出たら、あなたもデッキを考えてほしい。
そして可能ならバカなことで遊べる友人を誘い…虚無のフォーマットにメタゲームの有を見出してほしい。
↓英語アルファ版カードリスト
他の虚無フォーマット記事