はい、今回は久しぶりに映画の話をします。
実写映画化した作品の話です。
待て、逃げるな。
いや、わかりますよ。
「実写化=よくない」みたいな風潮があることは。
でも個人的にはアレって過度な一般化が広まってるだけだと思うんですよ。
「実写映画化は難しい」っていうのが本当のところでしょう。
上手いこと実写化された作品もあるし、実写化で炎上した作品もある。
でも、それはオリジナル映画でもほとんど同じですよ。
上手いこと成功したオリジナル映画もあれば、元ネタがないせいで炎上すらしない失敗作品もある。
そういうことだと思います。
さあ、「実写化=よくない」の先入観はなくなりましたか?
それでは今回の映画紹介を始めましょう。
実写映画版『屍人荘の殺人』です。
今週末は映画館で『屍人荘の殺人』を見よう!
原作の話
原作は今村昌弘の小説。
彼のデビュー作であると同時に第27回鮎川哲也賞を選考委員の満場一致で取得している。
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*鮎川哲也賞
「創意と情熱溢れる鮮烈な推理長編」を募集する小説賞。
僕が一番好きなのは第8回候補作『名探偵に薔薇を』
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激選を制しての選考委員満場一致。
強い。圧倒的だ。
『一発ネタ』とも思える狂気のアイデア一本勝負の作品…に見える感じの事件が発生し、その解決に至るまでの流れで「アイデアだけではない」という地力の強さを見せる。
そんな良質なミステリ小説だった。
凶器
もちろん凶器のアイデア以外も面白い作品ではあるのだが、やはりこの作品を最も色濃く定義しているのはまず間違いなく凶器の特殊性だろう。
そういうわけで凶器についてはネタバレしないのがマナーみたいな風潮が出ている。
まあ、ミステリ映画としてはそうなるのも当たり前みたいなところはある。
うん。実際僕も今日までTwitterでうっかり言わないようにしてたし、
この記事でも凶器について言及しないことにする。
まあそこを避けた結果、『何も話せない』という事態になってしまい布教効果の弱さを感じたのも事実だ。
そういうわけでTwitterよりは文字数を多くして語ることができるブログ記事と言う場を使ってネタバレを避けながら、
「アイデアだけではない」という他の部分の魅力を実写版ではどうやってひねり出したかを書いたりしていくことにする。
そして、少しでも多くの人に『屍人荘の殺人』を楽しんでもらおう。
さあ、週末ぜひ見に行こう!
実写の話
凶器のネタバレを踏まないように注意しながら凶器について少し触れる。
この凶器を小説で読んだ時には「やられた!」と思った。
ただ実写化で不安になったのは『映像化すると絵面が間抜けに見えるのでは?』という点だった。
これに対して実写版制作人が取ったアプローチは…「制作陣にTRICKのチームをつける」というものだった。
TRICK
ドラマ『TRICK』をご存じだろうか?
手品師、山田奈緒子(やまだ なおこ)と物理学教授、上田次郎(うえだ じろう)。
2人が超常現象や、奇怪な事件に飛び込み、それらが人間によるトリックだと明かしていくミステリードラマだ。
本筋のシナリオの重たさや後味の悪さと間に挟まるギャグやパロディの軽妙さを織り交ぜた構成が人気の作品だ、
私も大好きなドラマだった。
『屍人荘の殺人』の実写化をしたい!という要望はいくつも原作者に届き、権利取得の競合は激しいものになってたという。
制作チームがTRICK関係者で固まっていたことが決め手となり、本作の実写映画が製作に至ったという。
実写版『屍人荘の殺人』はそういう点で原作よりも軽妙さの要素が強く出ている。
しかし、だからこそ映像化した時にどうしても間抜けになってしまう凶器の描写が見事に映画の中で調和している。
それだけではない。
「より甘く食べるためにスイカにかける塩」のように、コメディ要素の添加によって原作の持つシリアスさが引き立って見える。
TRICKはギャグやパロディだけでなく、シナリオの重さや悲痛さも描くドラマ・映画だった。
それが実写版『屍人荘の殺人』に活きている。
魅力的な2人の探偵
この作品には探偵とされる人物が主人公の周りに2人いる。
主人公と2人だけの『ミステリー愛好会』を作った男、明智恭介(あけち きょうすけ)。
そして謎めいた美少女もとい美人女子大生、剣崎比留子(けんざき ひるこ)。
2人の探偵役の間でワトソン役の主人公、葉村譲(はむら ゆずる)が揺れ動く。
このメインの3人がとにかく魅力的じゃないと実写化はうまくいかない。
それはもう間違いないポイントだったと思う。
キャスティングの采配は見事だった。
「原作そのまま」ではなく、より映画全体と調和する形で調整された魅力的な人物像。
観客も惹きつけられる素敵な探偵役2人は非常に満足のいくものだった。
原作版より好きまである。
明智の名探偵とも迷探偵ともとれる受けての広さ。はぁ。好き。
ヒルコさんの原作よりも強烈な天然さ。かわいい。
葉村くんは神木隆之介の顔がいい。
いや、神木くん以外も顔がいいけど。
『モブ』の入れ替え
これは正直おどろいた。
ミステリには探偵がいて相棒がいて、犯人がいて犠牲者がいて…
そして容疑者であり犠牲者候補でもあるモブたちがいるわけだが。
モブはストーリーの中で交換可能な地位を占めている。
大筋を変えることなく、原作で出ていたモブを消して代わりに別のモブを置いても、
ストーリーはそれほど変わらないだろう。
そういうわけでより凶器の呼び覚ます雰囲気に似合う映画オリジナルのモブが登場するなど原作からの改変要素が多くある。
それらの改変の意図は明白だろう。
この作品の核となる「凶器」。
その映像的な見栄えや役割をより上手く昇華するための改変だ。
ジャンルの読めなさ
原作は推理小説だった。
それは鮎川哲也賞の性質上、おのずから明らかである。
しかし映画はとことん空気感を調整している。
それは映画のジャンルを疑うほどにだ。
原作は○○○映画のようなミステリだった。それは確かだ。
しかし、さて映画ではどうだろう?
ミステリ映画のような○○○映画なのか?
○○○映画のようなミステリ映画なのか?
ミステリじゃない(=解決不能・ナンセンス)だと思わせた次のシーンでは
推理の閃きがミステリへと引き戻す。
そんなジャンルの綱引きは鮎川哲也賞をとった原作=本格ミステリそのままの実写化では難しかっただろう。
実写版『屍人荘の殺人』は原作に忠実な「映像化」ではない。
凶器をキーとして新しく組み立てなおされた「実写映画化」なのだ。
さあ、そこまでするほどの魅力ある凶器のアイデア。
そしてその特殊な凶器を利用するに至る犯人の動機。
ぜひ、劇場で味わってみてほしい。